【今月のみことば】

「見よ。私は、きょう、あなたがたの前に、祝福とのろいを置く。
もし、私が、きょう、あなたがたに命じる、
あなたがたの神、主の命令に聞き従うなら、祝福を、
もし、あなたがたの神、主の命令に聞き従わず、
私が、きょう、あなたがたに命じる道から離れ、
あなたがたの知らなかったほかの神々に従って行くなら、のろいを与える。」

(申命記11章26〜28節)


 私がこのみことばを読んでイメージすることは、自分が二つの分かれ道に立っている状況です。右側には「主の命令に従う」と書いている「祝福」の道。それに対して左側には「主の命令に従わない」と書いてあり、こちらはなんと「のろい」へと通じるというのです。さて、皆さんならどちらの道を選ぶでしょうか?誰もが「祝福」に通じる道へと進みたいと思うでしょう。

 では、皆さんは実際にはどちらの道を歩んでいるでしょうか?「主の命令」に聞き従っていますか?それとも従っていませんか?それとも従いたいと願っていても、従うことができないでいますか?

 私達人間は、主に従って「祝福」を得たいと願いつつも、主の命令に背き、人を愛せず、罪を犯している存在ではないでしょうか。いつのまにか、主の命令に従わず、「のろいの道」へと向かっていく。これが私たち人間の姿です。

 しかし神は、「のろいの道」を歩む人々を見捨てることはできませんでした。このみことばにあるように、今日も私たちの前に「祝福へと通じる道」があります。
「見よ、わたしは今日、あなたたちの前に祝福と呪いを置く。」

 この言葉は「さあどちらかを選べ!」と言っているのではありません。「さあ、祝福の道へと歩み直しなさい!」と訴えているのです。その道とは、イエス・キリストです。キリストは言われました。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。」(ヨハネによる福音書14章6節)

 主が、私達を救うために、この道を備えてくださいました。「のろいの道」を歩んでいた私達に、「祝福へ通じる道」を与えてくださいました。私たちが「祝福とのろい」の選択肢から「祝福」を選んだのではなく、主がこの道を与えてくださいました。この道こそ「祝福へ通じる道」です。この道を歩みましょう。